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2012-10-23 (Tue)
前回からのつづき。

「貧乏や苦労を乗り越えて政治家になりました」というプロフィールを作りたいので、何か貧乏とか苦労をした経験がなかったか、半生を洗い出してみることにした。

両親から「ウチは貧乏だ」と教え込まれて信じていたことはあったし、20代の頃に夢を追って貧乏生活をしていたことはあったものの、イマイチピンとこない。

でも、そういえば、僕は、小学生時代に新聞配達をしていたことがありました。

どういう経緯でそれを始めたのかはよく知りませんが、地元の新聞屋さんから委託されて、地域の20軒あまりが小宮山家の分担ということになっていました。20軒といっても、中野区の20軒とはワケが違います。長野の田舎の坂道ばかりの部落の20軒で、家と家とを移動するためにはあぜ道を使うようなところもあります。所要時間は約30分。

いい運動と言えばいい運動ですが、台風だろうと大雪だろうと、寝坊しようと二日酔いだろうと、毎朝毎朝毎朝毎朝毎朝毎朝毎朝毎朝毎朝毎朝毎朝毎朝毎朝毎朝毎朝毎朝毎朝毎朝毎朝毎朝キッチリ配らなくてはなりません。小学生なので二日酔いはしませんでしたけど…。

6歳上の姉と、4歳上の兄が新聞配達をして、僕が小学校の3~4年生になった頃には、新聞配達は僕の仕事ということになり、中学校入学頃まで続けました。

というわけで、僕は、当時、毎月4000円の収入がありました。小学生で毎月4000円というのは、今の感覚で考えても多いですよね。でも、正当な労働の対価です。

稼いだお金で、当時流行っていたガンダムのプラモデルやゲームウォッチなどを買い漁ったり、ビックリマンチョコを箱買いしていたかといえば決してそうではなく、僕は、小学生のくせに古銭をコレクションしていました。我ながらシブイ。シブすぎる(笑)僕は日本の近代貨幣で、売り値1万円以下で、東京オリンピック以前のものはほぼ全種類持っています。

投資的な側面もあるという父親の判断もあったようですが、今は古銭コレクターの数も少なく、僕がコレクションをしていた30年前より相場が下がっていたりもするので、投資としては失敗でした…(笑)

というわけで、僕は、小学生時代に、台風の日も、ヒザが隠れてしまうような大雪の日も、毎朝毎朝新聞配達をしていました。寝坊したりなんだかんだで親に怒られて、泣きながら新聞を配ったこともありました。台風の中で小学生が山道を新聞配達なんて、児童虐待もいいところですよ(笑)

新聞配達で月4000円を稼いでいたので、そういえば、毎月のお小遣いを貰った記憶がありません(笑)お小遣いはお小遣いで、子どもの権利だと思うんですけどね(笑)

そういう意味では、小遣いを自分で稼いで、家計を助けていたことになるのかなと…。

プロフィールに入れるとすれば、

「小学生時代は新聞配達をして家計を支える」

というのはちょっと長いかな。「支える」というのはちょっと大げさか?(笑)

「新聞配達少年として家計を支える」

「元新聞配達少年」

うまい言葉が見当たらないけれど、小学生時代に新聞配達をして、小遣いは貰わず、ある意味で(笑)家計を助けていたということは、なかなかの美談かなと、我ながら思います。

ちなみに、労働基準法では、中学生を働かせてはいけませんが、軽易で健康と福祉に有害でない仕事については、労働基準監督署の許可を得て、修学時間外に働かせることができます。また、映画や演劇の仕事については小学生を使うことができます。
http://www.kisoku.jp/josei/

ということになっているようですね。

仕事をしてお金を得るということや、新聞配達のようにある種の社会的責任を伴う仕事を、小学生の頃から体験させてもよさそうな気はします。商店街での就業体験ぐらいならやってできないことはありませんが、人件費の支払いを伴うとなると、ちょっとハードルが高くなりそうです…。
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